道具(1) 冷蔵庫

はじめに

ナデノキッチンにあるすべての道具は、日本在住の方なら、どなたでも簡単に、ホームセンター、キッチン用品店、家電量販店で手に入る物ばかりです。恐ろしく高価な物や、使うのに特殊な技術や訓練がいる物はありません。

しかし、どれが欠けても機能しません。また、どれかを変えても機能しません。あるいは、なにかを足しても機能しません。

それは、数百・数千の微細なパーツが、すべて適切に組み合わされて、時を刻む機械式腕時計と同じで、一つ一つの道具が意味を持ち、良い仕事をすることで、ナデノキッチンという機巧は、心地よくわたしたちの命を司る仕事をしてくれるのです。

全を語るには、一を丁寧に語っていく道こそ最短であろうと思いますので、なぜそれが最適解なのか離見してみます。

冷蔵庫

ナデノキッチンには、冷蔵庫がひとつあります。

パナソニックさんの家庭用冷凍冷蔵庫で、型番はNR-B147Wです。

一人暮らし用に分類される小さな冷蔵庫です。容量は、冷蔵室94L、冷凍室44Lです。

2015年に購入し、今年で9年目になります。値段は4万円くらいであったと思います。

冷凍庫の使い方

ナデノキッチンでは、冷凍庫は生ゴミを入れておく専用スペースです。

生ゴミ問題を一番シンプルに絶対的に解決してくれるのが、冷凍室です。また、食品の包装に使われていたビニールや紙、空になった豆乳のパック等も冷凍室にてゴミの日まで保存すれば、台所のゴミ箱は悪臭を放ちません。

じゃあ冷凍食品や、余った料理を保存したい時や、作り置きしたいときはどうするのかというと、そんなものは存在しないのです。

ナデノキッチンでは、今日その日何を食べるかのみを重視しますので、未来の計画性などありません。見通せて明日の朝までです。冷ご飯で雑炊を作るとか、昨日のカレーを鉄のフライパンで炒めるとかその程度です。

冷凍食品の一切を生活から消せるので、食べるものは、旬の物か、日本古来からある、みそやしょうゆ等の発酵食品のみとなります。

今日か明日の分だけ考えればよいので、冷蔵室はいつも適度に空いており、かなりガラガラになるタイミングは週に数回あり、何もなければ人間は掃除したくなり、冷蔵庫の中はいつも清潔に保てます。

凍らせないし、温めなおさないので、電子レンジもキッチンから消せます。

この時点で、ナデノキッチンは、50年で考えますと、10年に1回冷蔵庫を買い替えるとして、4万円×5回で20万円かかります。

一方、300リットル以上の大きな冷蔵庫と、食品を冷凍する限りセットで必要な電子レンジは、50年で考えますと、10万円×5回+2万円×5回で、60万円かかります。

ナデノキッチンと一般のキッチンでは、維持費は雲泥の差があります。冷蔵庫だけで、一般のキッチンは3倍もかかります。加えて、掃除や手入れの手間は、何倍、何十倍も違います。

冷蔵庫は大きくしてはいけない

そもそも、冷蔵庫は大きくしてはいけません。なぜなら、日本は良い国だからです。100年に一度や二度、大きな自然災害は起こりますが、人々は助け合い、食べ物や水は迅速に供給されます。近くにスーパーやコンビニは山ほどあり、言ってみれば、彼らはあなたの冷蔵庫であり冷凍庫です。家に食材を持っていなくても、日本は何とかなるのです。

大きな冷蔵庫に、食料がパンパンに憧れるというのは、敗戦後の日本に入ってきた新しい価値観です。

アメリカの貧困層は、とにかく今日お腹いっぱいになる食べ物が、冷蔵庫いっぱいに入っていることが生命線なわけです。また、テレビドラマや映画に出てくるアメリカの富裕層のでっかい冷蔵庫には、古今東西の食材や果物、高級品だった卵や乳製品、ジュースやビールやコカ・コーラ、原色のゼリーやケーキ、ホイップクリームが神々しく陳列されています。

豊かさとは、パンパンの冷蔵庫だと思い込んでしまったのです。なぜならアメリカ人は貧困層も中間層も富裕層も冷蔵庫は巨大で、中には、食材の質の差はあれど、とんでもない量の食材が入っているからです。

日本は国土も家も狭いですし、なんでも小さく効率的にしていくのに、大人一人で運べないとんでもなく巨大な冷蔵庫がある日本のキッチンは異常です。

冷蔵庫の裏は埃だらけです。見て見ぬふりをし裏の埃はもっとたまり、油でギトギトになり、ようよう意を決して掃除を決意しても、冷蔵庫は重たすぎてひとりで動かせず、ありえない時間と労力と気力を奪っていきます。

冷蔵庫の中の掃除はもっと悲惨です。食材をすべて出さなければならず、出した食材は傷むわけですから、そんなめんどくさく楽しくないことはどんどん先送りし、果たしていつ拭いたのかわからず、冷蔵庫の中は拭かなくてもいいという解釈を発明し、冷蔵庫の中は綺麗だと思い込むのです。

また、収納スペースがあれば人間はものを詰めますから、冷蔵庫はパンパンになり、消費しきれない食材はどんどん腐り、腐る前に冷凍し、冷凍庫はパンパンになり、氷河期の永久凍土の下の様な未来に食べることを先送りした、いつ冷凍し始めたのかわからない地層は、半永久的に電気代を消費し続けます。

冷凍食品とセット販売でついてくる電子レンジは、アメリカの巨大なキッチンならまだしも、日本の狭いキッチンに住所を与えることは困難です。無理やり住所を与えれば、日本に昔からある馴染んだ調理器具のどれかを諦めなければなりません。また、電子レンジに住所を与えるためにキッチンを大きくすれば、しなくてはいけない掃除や手入れしなくてはいけない本来いらない道具は指数関数的に増え、キッチンは楽しくない場所になります。

電子レンジの中の掃除ほど、やりたくない掃除はありません。体はわけのわからない方向にねじらないと掃除できません。電子レンジの中は常に汚く、頭の片隅に常に電子レンジの掃除を意識しないといけません。そんな大変なリソースを費やして、温め直したごはんって炊きたてのご飯の足元にも及びません。

手入れしていて楽しくない時点で、それは人生を共にする道具とはなりえません。

なぜ大きな冷蔵庫は選択されるのか

仕方なくキッチンを担当している女性をターゲットにしているからです。彼女たちはそもそもキッチンの家事をしたくありませんから、買い物はなるべく回数を減らしたいです。減らしたいなら、一度に多く買う必要があり、多くを収納するには、冷蔵庫は大きくならざるを得ないのです。

節約上手、買い物上手、まとめ買いはお得、などと、彼女たちが心地よくなる言葉はスーパーマーケットに溢れています。本当に節約上手で買い物上手でまとめ買いがお得なのだとしたら、言われるまま行動してる彼女たちは、もうとっくにお金持ちになっていて、買い物などから解放されていなくてはおかしいです。

スーパーマーケットは、ポイントやクーポンを与え、一定枚数集めると景品がもらえたり、格安でキッチン用品が買えるイベントを開催し、メイン顧客である彼女たちが、半永久的に、しかも破産しないギリギリのラインで、最大額のお金を落とし続けてくれるようあれやこれや画策します。

目の前の欲求に飛びつく単純な私たち男性とは違い、おそらく1000倍は聡明であろう女性には、賢さや達成感といったご褒美で接待するのです。

家計を応援していると声高に言い、子育てママを褒めたたえ、いっぱい運べるようショッピングカートを提供し、料理研究家たちは、キラキラした今日の献立を生み出し続け、時短になると時間も節約できると説き、とにかく一円でも多く使わせ、いっぱい家の冷蔵庫に溜め込ませ、常に備蓄して災害に備えることは賢いと免罪符を与えます。

日本の妻たちは、物で溢れかえり、片付けようも掃除しようもないキッチンで、モノリスのように鎮座する自分の背よりも巨大な冷蔵庫に、押しつぶされそうな日々を送るのです。

冷蔵庫は特異点

冷蔵庫の選択を誤ると、人生の選択を誤ります。時間とお金と楽しさを搾取され続け、美味しくない料理が現れるか、時間とお金と楽しさを提供してくれて、さらに美味しい料理が現れるか、冷蔵庫の大きさにかかっています。

生きる礎は、キッチンにあり、キッチンの礎は、冷蔵庫にあるからです。